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いのちのエンジニア『臨床工学技士』を育てる

橘 克典 氏
大阪電気通信大学・医療福祉工学部・医療福祉工学科 講師
臨床工学技士

腎臓疾患で入院中の病院の透析室を覗いていると声をかけてくれたのが、その病院のベテラン臨床工学技士だった。そのとき聞いた臨床工学技士の仕事に心惹かれ、退院後迷わずその道へ進んだという。
病院での実務を経験したのち、大阪電気通信大学で臨床工学技士育成に取り組んでおられる橘氏にお話をうかがいました。

臨床工学技士とは?

― 臨床工学技士という職業。なかなか耳にも目にもしませんが、どういうお仕事なのでしょうか?

橘氏:臨床工学技士は「いのちのエンジニア」「Medical Engineer」とも呼ばれていて、院内の医療機器の操作と医療機器のメンテナンスとを行うのが主な仕事です。
今、医療施設にはたくさんの医療機器があります。臨床工学技士が対象とする医療機器は、例えば人工心臓、心臓ペースメーカーなどの小さなものから、手術室にある人工心肺装置や手術用顕微鏡、電気メス、今話題のロボット手術機まで、電気を動力とするものが中心です。

また、人工透析を受ける患者さんには臨床行為も行います。
患者さんの血管から血液を透析装置へ取り込み、きれいな血液にして体内へ戻すのが「透析」ですが、その際に患者さんのシャントに針を刺すことが許されています。

アメリカやヨーロッパの医療施設にも医療機器をメンテナンスする「Medical Engineer」がいますが、彼らには患者に針を刺すという行為は許されていません。ここが日本と海外(欧米)の「Medical Engineer」の一番の相違点です。

― ひとつの病院には何人くらいの臨床工学技士がいるものなのでしょうか?

橘氏:医師や看護師、薬剤師の人数は医療法で定められていますが、臨床工学技士の人数についての法律はなく、現在は病院の対応科目や経営方針によってそれぞれです。

今から20年くらい前、私が勤めていた1,000床クラスの病院でも臨床工学技士は4人くらいでした。それから徐々に増え、8年後、私が退職する頃には10人くらいになっていました。必要とされていると感じています。

橘氏のストーリー

― 臨床工学技士から大学の講師に転身されたそうですが、そのいきさつを教えてください。

橘氏:高校の頃から教師という職業を意識していて教職を取って教免も持っていたのですが、一般企業に就職しました。ところが、就職一年目に突然倒れ、検査を受けたら腎臓疾患が見つかり、即入院。このまま回復しなければ人工透析を受けないといけないという診断に途方に暮れてしまいました。

不安を抱えてなんとなく覗きに行った透析室で声をかけてくれたのがその病院の臨床工学技士でした。
そのとき、初めて臨床工学技士という仕事と国家資格を知ったのですが、その仕事内容に惹かれ「この仕事をしたい!」と思ったのが、臨床工学技士になったきっかけです。


大阪電気通信大学四條畷キャンパス8号館にある医療実習室の透析装置

お陰様で数か月の入院治療の後に寛解し退院したのですが、何としても臨床工学技士になりたいと思い、退職して専門学校に通い始めました。
専門学校では、医学と工学の授業を朝9時から夜9時までみっちり受けました。
もともと理工学部でしたので、工学の部分は得意分野でしたが、医学の部分がむずかしかったです。授業では看護師の教科書を使っていたので、そのくらいの知識は詰め込まれました。

臨床工学技士は医師や看護師と一緒にチームで治療を行いますし、患者さんに医療行為も行いますので、養成課程では病院での臨床実習も受験資格として必須です。
もちろん、今私が勤務している、ここ大阪電気通信大学・医療福祉工学科でも、座学の他に学内施設での実習と、4年次の夏には実際に病院に行って臨床実習を行っています。

養成校を卒業し、国家資格も取得して、臨床工学技士として、大阪赤十字病院に就職しました。
専門学校時代の先生の誘いで、臨床工学技士になって5年目から開講直後の大阪電気通信大学・医療福祉工学科で外部講師として担当していました。病院に8年間勤務したのち退職して、こちらの大学の専任の講師になりました。


大阪電気通信大学四條畷キャンパス8号館にある実習用の手術室。室外のダクトや医療ガスの配管なども忠実に再現してある

臨床工学技士の資質

― 臨床工学技士には、医学と工学の知識の他に何が必要でしょうか?

橘氏:一番大切なのは「患者さんに元気になってほしい」と思う気持ちだと思います。
透析業務であっても、手術室業務であっても、その気持ちが一番です。
臨床工学技士も医師と同様、病院専用の携帯電話を持ち、24時間どこにいても呼び出されることがありますから医療人としての心構えも必要です。途中で投げ出さない責任感、患者さんやその家族にのめりこまないクールな一面と、とっさの判断力、生死にかかわる場面でも的確に対応できる冷静さも必要だと思います。
授業では、私が病院で体験したエピソードなども交え、学生たちにそういうことも伝えていきたいと思っています。

― 臨床工学技士の今後について、お考えがあれば聞かせてください。

橘氏:臨床工学技士の知名度アップと、臨床工学技士の地位の向上は不可欠だと思っています。
最先端医療の現場では、これからますます医療機器は複雑化していきますが、医師が臨床に専念できるよう、それ以外の部分を臨床工学技士が担当することになるでしょう。多くの臨床工学技士が医療に貢献できるようにその存在を多くの人に知ってほしいです。
さらに最新医療機器の導入は病院経営にも影響しますので、医師のサポートや機器導入の際のアドバイザーにとどまらず、病院経営にも関われる臨床工学技士も必要になってくると思っています。“スーパー臨床工学技士“みたいな。そういう意味での地位向上は目指したいですね。


橘氏の研究室にて。 デスクの上に無造作に置かれているのは、心臓の模型。

また、現在多くの病院内では臨床工学技士には専門性が求められています。担当する場所、例えば透析室や手術室などによって担当する機器が異なるため、それらのスペシャリストであることが必要です。しかし、臨床工学技士同士が院内の業務をカバーしあえるチーム編成も大切だと思っています。誰かが休みのとき、担当者が離れられない別の現場にいるときに、他の人がカバーできなければ医療機器が使えないということも起こりえます。それは治療、そして患者さんの命に直結することなので、そういうことがないような状態を作っておかなければなりません。
各人がそれぞれの分野でスペシャリストであり、院内のすべての機器を把握しているジェネラリストでもある。そういう臨床工学技士チームを作っていく必要があり、そういう人材を育て送り出していきたいと考えています。

橘氏の研究

大学講師には、授業=人材育成と同時に“研究“もまた大切な仕事。今ある理論や技術を少しでも前へ進めることが研究者の使命だという。
そんな橘氏が今注目しているのは”体液”。その一つでもあり、すでに発表済みの研究をご紹介いただいた。
ベッドのシーツの上に置いておくだけでおむつをしたままでも排尿を知らせるシステムの試作品。たくさんある四角い板は、隣同士が同極にならないように配線されている。これで排尿されたことを感知してモニターやアラームで知らせることができる。現在はさらに細かなピッチのものを製作中。

「直接肌に触れずに感知できる点がポイントです。大量に汗をかいても大丈夫。
ちゃんと区別できる仕組みになっています」と橘氏。