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医学的視点で医療施設・介護施設のインテリアを考える
医療施設とインテリアの力(全6回)

第4回 インテリアからみた公衆衛生学

今、私は大学院で公衆衛生学を学んでいる。
公衆衛生学は、人間集団の疾病を予防し、心身の健康維持を図ることを目的としている。つまり重要な役割は、病気を治すことではなく、病気を予防することにある。
そして、公衆衛生学の専門家によると「公衆衛生学はエビデンスに基づく実践活動を普及させる学問」とのことだ。

■生活環境と医療

生活環境が人の健康にどう影響し、課題解決策となり得るか、まだまだ解明されていないことが多い。しかし、私は今までの仕事を通じ生活環境、すなわちインテリアによる「心身への影響」を実感してきた。
この影響を科学的な根拠(=エビデンス)として示すことができれば、インテリアは公衆衛生の実践活動となり得るのではないだろうか。その思いが、大学院で学ぶ現在につながっている。

もともと医学は遠い存在であったし、医療従事者と話す機会が多いとも言えなかった。しかし、長らくインテリアデザインの仕事をしてきた中で、気が付けば医学の世界が近くにあり、今はインテリアが想像以上に公衆衛生とつながっていることに驚いている。

そのきっかけになったのは「天井に一切照明をつけたくない」そんなお客様からのひとことだった。
天井に照明があるのは、日本の住環境ではとても一般的だが、その存在がずっと辛かった。だから家を建てるときには天井に照明がない家という「夢」を叶えたい、とのことだった。
のちに、その言葉の本質が「片頭痛の光過敏」にある可能性に気づき、私の心が大きく揺らいだのだ。

人の生活環境をつくるインテリアデザインには、医学の知識が必要ではないだろうか。


▲インテリアと公衆衛生はつながっている。
そう思うきっかけは「天井に一切照明をつけたくない」というお客様のひとことだった。

そこからは、「インテリアと医療」の可能性を探りたい、という思いが私のその後の行動を促した。
研究への参画や学会発表、光過敏に配慮した照明「アクティブケア・ライティング」(大光電機)の開発も手掛けた。2018年には「インテリアと医療の架け橋」を活動テーマとした、日本インテリア健康学協会(JIHSA)を設立した。さらにインテリアを予防医療に役立てたい、という思いから、病気の予防を目的とする公衆衛生にたどりついたのだ。

インテリアは、私たちの生活環境全般を構成する要素であるからこそ、公衆衛生の分野での可能性を感じている。

■健康のための環境整備

例えば、公衆衛生学の産業保健で言われる「作業環境整備」は、「オフィスのインテリア計画」に言い換えられる。
作業環境の有害因子を把握、除去していくための実践活動は「リフォーム」が良い機会となる。
PC作業が多い現代の作業環境では、モニターや照明の光、家具による姿勢、照明と内装材によるグレア(眩しさ)など、配慮が必要な内容も多岐に渡る。
これは電子カルテやオーダーリングシステムが導入され、デジタルでの資料や論文の作成・閲覧が日常になった病院スタッフにおいても同様だ。


▲病院のバックヤードにある医局は医師たちにとってはオフィス。
一般企業のオフィスと同様に照明を考慮した環境整備が必要だ。

また、テレワークが普及した昨今は、日常生活と職業生活の両方を「住環境」が担うことになった。
テレワークを機に、まずは椅子を購入した、という方のお話を耳にする。スペース確保も重要だが、テレワークに必要な道具(家具)の良し悪しが、身体にダイレクトに関係することを実感された方も多いのではないだろうか。肩こり、腰痛は姿勢に影響する「家具」と関係し、眼精疲労を引き起こすのはモニターだけでなく、周囲の「照明環境」も関係する。
私はオンラインで「テレワーク環境改善のカウンセリング」を行っているが、その中で、本人に合った椅子と机の使い方、調整方法を伝えることは、効果的な気づきへとつながっている。
テレワーク環境の改善を考えることも、インテリアが役立つ公衆衛生活動だと感じている。


▲テレワーク環境の改善を考えることも、インテリアが役立つ公衆衛生活動。

病院の場合、患者さんをケアする医療スタッフの健康も重要なテーマだと思う。
過去に、片頭痛ケアの観点から看護師寮のインテリア計画を行ったことがある。
照明や内装材、カラーにこだわったデザインは、住まう人にどのような影響を与えるのだろうか。
ここでは、旧寮から、光過敏に配慮した新寮(アクティブ・ケア仕様)に入居した方の片頭痛症状が緩和された結果を報告した。


▲片頭痛ケアの観点から光過敏に配慮した看護師寮の実際の室内

近年、健康経営において「プレゼンティーイズム(出勤はしているものの、健康上の問題で労働に支障をきたし、最善の業務ができなくなる状態)」による経済損失の大きさが問題視されている。
頭痛はその要因のひとつであり、特に20~40代女性の片頭痛有病率は高い。
今後、片頭痛ケアを目指すインテリアが、公衆衛生の実践活動につながるよう活動していきたい。

■インテリアからみた公衆衛生学

人は生活環境から多大な影響を受ける。
食事をゆっくり味わう雰囲気かどうか、
疲れたカラダをゆっくり癒せるリビングがあるかどうか、
またよく眠れる部屋になっているかどうか。
私たちの日々の暮らしの良し悪しは、生活環境に左右されることが多いのだ。
これは病室や病棟全体、福祉施設のインテリア計画にもつながると考えている。

私は、インテリアデザインとは「人の時間価値を高める仕事」だと考えている。
だからこそ、肉体的、精神的、社会的にも満たされた状態である「健康」を切に願い、集団の最大幸福を追求する公衆衛生学は、インテリアから見てとても興味深く近い存在なのだ。


医学的視点で医療施設・介護施設のインテリアを考える
医療施設とインテリアの力

 第1回 「医療施設とインテリアの力」
 第2回 「インテリアとプラシーボ効果」
 第3回 「心を動かすインテリアの力」
◆第4回 「インテリアからみた公衆衛生学」
 第5回 「心の距離感とインテリア」(2021年1月公開予定)
 第6回 「照明と健康」


執筆者紹介

尾田 恵
一般社団法人 日本インテリア健康学協会/株式会社 菜インテリアスタイリング 代表

インテリアデザイナー。大手不動産会社、インテリア事務所勤務を経て、2007年菜インテリアスタイリングを設立。住宅、福祉施設、TV番組など様々なインテリアコーディネート・デザイン、商品開発、情報発信などに携わる。幅広い活動で培った知識・スキルを活かし、インテリアと医療を融合したプロジェクトを基とする、身体と心の健康を目指したインテリア・メソッド「Active Care®」(アクティブ・ケア)を提唱。
2018年「日本インテリア健康学協会(JIHSA)」を設立。医療機関との共同研究にも参画し、新たなインテリアの可能性に向け活動を進めている。


所属:
公益社団法人日本インテリアデザイナー協会(JID) 正会員
経済産業省 JAPAN DESIGNERS 登録
帝京大学大学院 公衆衛生学研究科
照明学会会員 日本頭痛学会会員