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医学的視点で医療施設・介護施設のインテリアを考える
医療施設とインテリアの力(全6回)

第5回 心の距離感とインテリア

インテリアは「心の距離感」にもたらす影響が大きい。
家具、色彩、照明などの選び方、使い方次第で、人と人の距離を近づけたり、遠ざけたり
特にスムーズなコミュニケーションを重要視する場面で、インテリアはその力を発揮する。面白い事例がある。

バブル期絶頂の頃、人気店を生み出すルールとして空間デザイナーが考えたBAR空間の仕掛け。それは「声のかけやすさ」。初対面であっても瞬時に「心の距離を近づける」ために、カウンターに座る目線と入店時の立位目線が自然に合うためのレイアウト、椅子の高さ(家具)に注力したという。


▲人気のBARの仕掛け。目線の高さをそろえると、自然に目があい、声をかけやすくなる。

これは住宅おいて、キッチンに立つ人とリビングでくつろぐ人の視線を重ねだんらんを育む、スキップフロアにも応用される考え方だ。
インテリアによるコミュニケーションサポートの仕掛けは、長年さまざまな場面で培われてきたのである。

医療現場では、患者と医療者、医療者同士の「コミュニケーション」は、重要な役割を担っている。
また診療においては患者の健康アウトカムに影響することも知られている。
公衆衛生領域における集団を対象とした「ヘルスコミュニケーション」も、近年は診察室での「医療コミュニケーション」も含めた医療現場の幅広いコミュニケーション分野として体系化されている。
そしてインテリアは、その中の対人コミュニケーションの非言語的要素の多くに、関係していると思われる。

対人コミュニケーションのチャネルの分類
 音声的非音声的
言語的  口語言語
・言葉の内容・意味
 書記言語・手話
・言葉の内容・意味
非言語的  準言語的コミュニケーション
・声の高さ、大きさ
・話す速度
・抑揚
・間の取り方  など
 身体動作 ・表情
・視線
・身振り、ジェスチャー
・姿勢  など
 接触行動 ・握手、スキンシップ  など
 身体的特徴 ・容貌
・スタイル
・頭髪や皮膚の色  など
 空間的距離・位置 ・対人距離
・着席位置  など
 人工物 ・衣服
・化粧、香水
・アクセサリー  など
 環境 ・照明
・温度
・インテリア  など

▲「ヘルスコミュニケーション学入門」/石川ひろの著 大修館書店 P6表1-1より引用


心の距離感を近づけるためのインテリアのポイントは3つある。

■第一に「家具」。
視線や姿勢、人と人の距離感と角度のほか、ひじ掛けの有無や座面のクッション性は時間経過による疲れを左右し、表情にも影響する。
テーブルは対面や横並びより、90度の位置で座る方が、親しみやすく話しやすい距離感をつくるので、長方形なら座る位置に配慮する。
さらに丸形、楕円型など視線を中央に集める形状もオススメで、角がない形状から、優しい(温かみのある)印象もアップする。


▲テーブルでの着席位置は距離感に影響する

また、視線や姿勢は使う道具(椅子)が異なると違ってくる。
子どもの話を聞くときにしゃがみこんで視線を合わせるのは、安心感や理解しようという姿勢を自然と伝えたいという思いから。
冒頭のBARの例でも示したように、同じ高さで目線を合わせると人と人との間には親近感が生まれる、という心理効果を、診察室やカウンセリングルームでは使う道具によって取り入れることができる。

■第二に「照明」。
実は照明は「話しやすさ」と関係が深い。
明るさや光の色(色温度)は、空間に暖かみやリラックスをもたらす要因とされる。明るすぎないオレンジ系の光が、カフェのような落ち着いた雰囲気の空間に使われているイメージである。
一方、光は使い方を間違えれば人を疲れさせる。直接目に入ると刺激になり、特に光過敏の方などは落ち着けない。
明るさ確保だけでなく、取り付け位置への配慮も重要だ。

■第三に「色彩」。
色調の選び方、カラーコーディネーションの組み合わせによって緊張感を和らげることもできる。 会話が弾む楽しい雰囲気をつくる色「オレンジ」や、相性のよいリラックスのベージュ、ポジティブなイエローも、コミュニケーション空間にはプラスの要素に働く色とされる。
白は無難、といわれるが、青みがかった白は、白い光との相乗効果で緊張感を助長し、刺激になるケースもある。
色彩活用のメリットはコストが変わらない点である。ならば、病院でも目的に応じて活用する方がメリットは大きい。


▲インテリア(=テーブルの形状、チェアの硬さや素材、照明、色彩)の力で、心の距離感を近づけられる。

BARや住宅、そして病院も「心の距離感」が近づくために必要なことは、大きく変わらない。 特にこれからの時代は「らしさ」より「らしくない」空間の時代である。 施設らしくない施設、病院らしくない病院、という言葉がほめ言葉になる背景には、心の垣根が取り払われるようなインテリアが存在しているのではないだろうか。

心の距離を近づけ、垣根をなくし、治療における「協働」を可能とする新しい病院環境が、人生100年時代の「健康と安心」を支える場所になることを期待している。


医学的視点で医療施設・介護施設のインテリアを考える
医療施設とインテリアの力

 第1回 「医療施設とインテリアの力」
 第2回 「インテリアとプラシーボ効果」
 第3回 「心を動かすインテリアの力」
 第4回 「インテリアからみた公衆衛生学」
◆第5回 「心の距離感とインテリア」
 第6回 「照明と健康」(2021年3月公開予定)


執筆者紹介

尾田 恵
一般社団法人 日本インテリア健康学協会/株式会社 菜インテリアスタイリング 代表

インテリアデザイナー。大手不動産会社、インテリア事務所勤務を経て、2007年菜インテリアスタイリングを設立。住宅、福祉施設、TV番組など様々なインテリアコーディネート・デザイン、商品開発、情報発信などに携わる。幅広い活動で培った知識・スキルを活かし、インテリアと医療を融合したプロジェクトを基とする、身体と心の健康を目指したインテリア・メソッド「Active Care®」(アクティブ・ケア)を提唱。
2018年「日本インテリア健康学協会(JIHSA)」を設立。医療機関との共同研究にも参画し、新たなインテリアの可能性に向け活動を進めている。


所属:
公益社団法人日本インテリアデザイナー協会(JID) 正会員
経済産業省 JAPAN DESIGNERS 登録
帝京大学大学院 公衆衛生学研究科
照明学会会員 日本頭痛学会会員