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日本の医療を海外へ、海外の患者を日本の病院へ。

山本修三 氏
一般社団法人Medical Excellence JAPAN 理事長*、日本医師会名誉会長

北野選也 氏
一般社団法人Medical Excellence JAPAN 業務執行理事*

*いずれも取材時(2018年2月)

(イラスト:あまちゃ工房

日本の医療を海外へ

― 日本の医療を世界に持っていくということに関して、Medical Excellence JAPAN(以下MEJ)の意義と山本理事長のお考えをお聞かせください。

山本氏:2011年、日本の医療を世界に持っていこうというのが、国の方針として出され、それを進めていくのがMEJの役割です。
今世界は色々な意味でグローバリゼーションが起きており、医療の分野のグローバリゼーションも同様に進んでいます。医療のグローバリゼーションの考え方は、欧米や日本先進国と、例えばアセアンの医療との大きな格差をなくしていこうというものです。日本は新興国に対して良い医療を提供していくとしながらも、実際のところ貿易収支でいうと医療関係は赤字になっています。ですが今、彼らは経済的には伸びており、医療の大きな市場がありますから、そこに日本の医療を提供していこうとしています。
また、日本には医療での協力を通して国際関係を良くしていくという目的もあるため、人道的な医療の提供も含め、日本の医療を海外に持っていくことに大きな意味があるのです。


MEJ理事長室の壁面の世界地図には、これまでの活動実績が記されている

― そのための戦略として、これまでしてきたこと、また今後進めていこうとしていることについてお聞かせください。

山本氏:MEJの戦略として、まず、医療機器や薬だけではなく、医療技術、医療のシステム、サービスなども含めて、トータルで「日本の医療」として形にしていこうとしています。
そのために、相手の国のニーズに合わせてMEJの医療技術の会員と医療機関がコラボできる形を作った、これが、戦略の2つ目です。
さらには日本の医療を理解してもらうために3Dによる見える化を進め、日本として、MEJとして、強みのあるコンテンツをそろえておく、これが3つ目の戦略です。

― コンテンツというお話が出ましたが、そこの部分をもう少し詳しくお話いただけますか。

山本氏:コンテンツ戦略の中で重要なことは、モノを見える化していくことだと思っています。
活動を始めたころに海外で医療の説明をしていて気づいたのが、先進国と新興国の医療には非常に大きな格差があり、なかなか理解してもらえないということです。
「こういう仕組みでこういう建物を作らないと」といってもイメージが伝わらず、「あ、そうですか」で終わってしまう。
ではどうすれば伝わるのか。
医療施設のモデルを3Dで見える化して持っていったら、具体的に理解ができて、さらにそれに対して「こういうのが欲しい」ということを言ってくれるようになった。
これからの医療建築はそれ自身にも機能を持たせるべきだということも理解してもらえることが分かったので、非常に良いコンテンツとして取り組んで強化してきました。

それともう一つ、医療というのはやはり患者さんのデータが大事です。この機器を使えばどういう結果になるのか、という医療の成績をわかりやすく提供することが非常に大切です。
また、医療データも我々のコンテンツとして開発・加工して案件に利用していくということが大事です。その地域の医療ニーズとそれに対して準備された医療資源はどうなのか、それをきちんと分析できてはじめて、なにが足らなくて、今後どうしていけばよいのかがわかるからです。


MEJ理事長・山本修三氏

仁術と国民皆保険制度

― 日本の国民皆保険制度と仁術という考え方が、世界的に社会的価値を認められ尊敬されていると聞きますが、実際のところ海外と比較してどう思われますか?

山本氏:日本は、江戸時代に海外から医療を学んだわけですが、その頃から仁術という考え方があったようです。
当時の医者はお金のない人からはお金を取らないで診ていた、そういうのがなんとなく仁術という言葉になって伝わってきていますが、実は金持ちからはしっかり代金を取っていました。診療・治療の価格が患者によって異なっていたわけです。

今、世界的に評価されている国民皆保険制度は1961年にできました。
日本は、みんなでお金をシェアして健康を維持して病気を治しましょうというシステムが一番いいと判断したわけです。
ですが世界を見るとこういうシステムはどこにもない。
ナショナルヘルスケアのシステムはあるけれど対象の病院はナショナルホスピタルだけという国、医療は全国民が無料で受けられるけれど税金がとても高い国、日本と同じような仕組みだが集まるお金が少ないので提供できる医療に限界がある国。
国ごとに事情や制度は違いますが、医者同士で話をすると、どの国でも医療は仁術ってことが伝わってきますね。

― 日本は稀にみる長寿国家で、国内のどこにいても高度な医療が受けられて、大学を卒業した医療者も潤沢に供給されています。そういった中での医療や医療機器の供給状況についてどうお考えでしょうか?

山本氏:今お話したように、国民皆保険制度のおかげで日本は、誰でもどこでもいつでもきちんとした医療を受けられるようになっています。
日本中の医療機関が一斉にCTを導入してヨーロッパ全体のCTの数よりも多くなったことがありましたが、今、施設にCTはあるけれど患者がいない、CTが余ってしまうという時代に入ってきているわけです。
医療は専門分野化が進んでいて、分科すればするほど技術は上がってはいるけれど、すべての地域にすべての技術が揃えられるわけではありません。仮に揃えられたとしても患者が足りないわけです。
そこで、海外から患者さんに来てもらおうという話になるわけです。

医療従事者と医療機器メーカーに求めること

― 医療従事者の教育についてはどうお考えですか?

山本氏:昔アメリカに行ったときにテレビを見ていたら、医療ドラマや番組、CMをたくさんやっていて「医療がこんなに公になっているんだ」と強く感嘆しました。日本も患者さんにわかってもらうためにはもっとプロモーションをするべきだと思いました。
ただ、医療のことがわかればわかるほど患者さんの要望は高くなっていきますから、医師のほうも対応を考えないといけない。
特に患者さんにわかりやすく伝えるという意識については、医師の中に格差ができているように感じています。その部分をどう教育していくのかは課題ですね。

― 医療機器メーカーに、求めることがあれば教えてください。

山本氏:医療機器がどう使われるかということを知っていてほしいですね。
機器の性能も必要ですが、実際に使って患者さんがどういう結果を得られるのか?ということが非常に大事です。
どんなに高機能でも、患者さんのデータが変わらなければその機器を使う意味がありません。
医者が機器を使ったら患者さんの状態がこう変わってきたという結果をデータとして出していって欲しい。
そうしないと、医療に還元されない。新しい機器に替えたらこれだけいい成績が出ました、これだけ早く患者さんを診ることができて正確になりました、効率がよくなりました、そういった数字をメーカーには持っていてほしい。そういうことを希望します。

インバウンドとアウトバウンド

― 北野理事は海外と国内で活動をしていらっしゃいますが、その中でMEJの意味についてお話しください。

北野氏:MEJの活動の中心は、医療界・産業界をうまく融合させながら一体となって日本の医療を提供していくことだと考えています。
日本の医療メーカーは製品を何十年と海外に輸出しています。現地に工場もつくりがんばっておられるわけですが、残念なことに欧米のメーカーになかなか追いつけないのが現状です。
その理由はなにか。
海外のメーカーは医療者と連携しながら現地のニーズにどう応えるかを考えており、そのためのファイナンスや医療指導も行うなど、全般的に病院を作るために何が必要なのかを理解できているからではないかと思います。
日本が海外企業との差を埋めていくには、個々の製品を売るのではなく、日本の医療をどう提供していくか、企業ではなく医療者が機器や治療の効果を発信していく必要があると感じています。

― 海外のアウトバウンドの拠点と、日本での機器類の関連性、相乗効果、関係性などについて教えていただけるでしょうか?

北野氏:海外で医療機器を販売している方は「日本の医療機器の技術力の高さについてはまったく疑っていない、知りたいのはそれが医療的にどういう効果があるのかだ」とおっしゃいます。また、海外の先生方は「実際に自分の患者さんがどうなるのかを見てみたい」とおっしゃいます。
その例をひとつ。
ヨーロッパの医療施設が日本の放射線治療の機器を導入した時の話ですが、医師がその機器を導入している日本の医療施設に患者さんと一緒に来日されて、その機器で照射し、患者さんがどうなったかを見ていかれた。自分の目で効果を確かめてその機器は導入したそうです。また、その医師と患者が得た結果を見て他の医療施設への機器導入も決まったといいます。
実はこれがアウトバウンドにとって不可欠であるということです。
つまり、導入する物、購入する物がどういう効果があるかを知りたい、実際の自分の患者さんで効果を見てみたいと思っている。
ならばすでに導入されている日本の医療施設に見に来ていただく。
医療機器を海外の医療施設に導入していただくことはアウトバウンドですが、そのために海外の医師と患者を日本の医療施設が受け入れる、という流れはインバウンドなのです。


MEJ業務執行理事・北野選也 氏

― インバウンドの中で、MEJはジャパンインタナショナルホスピタルズという取り組みをしていますが、その意味とその内容を教えてください。

北野氏:自国以外の病院で医療を受けたいと希望される海外の患者さんに対して、日本の政府として国内の病院をリスト化し情報発信していこうと立ち上げたのがジャパンインタナショナルホスピタルズ(=JIH)です。

個々の病院でも情報発信はしていますが、患者さんからは、第三者からどういう評価を受けているのかがわからなければ、自分の命を預け、大金を使って治療に行くという決断ができない、というお声もいただいていましたので、政府のガイドラインに沿って私たちMEJが病院の推奨を行っています。
「JAPAN Hospital Search」には、実際に患者さんを受け入れる体制があるか、どんな医療を提供しているのか、どういう事業者がその病院を支援・サポートしているのかなどを掲載しています。

3DとVRで医療施設を見える化

― 医療施設の3Dモデル化に着手しているというお話でしたが、3D医療モデルを使って、具体的にどのような活動をしているのか、どのような効果や反響があるか教えてください。

北野氏:効果や反響の前に、海外の現状についてお話します。
ある国から協力を要請されて行ってみますと、ある建物の前で「この建物を病院にして、3階にMRIを置きたい」とおっしゃいました。果たして、MRIは入るのか、動線は大丈夫かと疑問を持ちました。

きれいなエントランスや外観のイメージはありますが、中にはいい装置が入り、いい医師を置けばいい医療ができるというところで考えが止まってしまっています。
日本の病院は患者さんの動線と医師の動線は分けるというのが主流ですが、そのような考えが全くない医療機関というのが大半です。そういうところでは、口頭だけでは日本の医療は伝わりません。
医療施設への考え方には格差があるですが3Dで医療施設を作って、機器の配置を見ていただいたり、動線を説明したりしますと、みなさん腹に落ちるといいますか、「あ、なるほど、今まで自分たちが考えていたのではだめだな」と気づいてくださいます。
平面の図面が何を意味するのかはわからず建物を作ってしまい、できてから壁をぶち壊して作り直しているのを何度も見ていますので、やはり作る前に何が求められていてどんな医療をしていくのかというのを一緒に考え、提案していくことが必要だと思うのです。

後戻りがないように、最初から3Dで提案すると、非常に納得感、リアリティを持っていただける、これが3Dの強みだと思います。相手の方の顔を見ていて、納得していただけたという感触を得られたときは、私たちも大変うれしいです。
さらに、3Dで説明した現地の業者の方からは、もっと3Dモデルを作ってほしい、さらにそれを実際に3Dプリンターに出したものを見たいとおっしゃっていただきます。

実際に作る前に施設を見られるということは、多額の投資をする上で、現実に即した判断につながるのではないかと感じています。


3Dプリンターで出力した医療施設の3Dモデル

― MEJでは会員企業さんを対象に「MEJ勉強会:医療施設3D-VR」を開かれましたが、その活動のねらい、また参加された皆さんの反応はいかがでしたか?

北野氏:医療施設の3Dモデルを会員企業のメガソフトさんから参加された皆さんにご説明いただき、3Dでこんなことができる、こんなに簡単にできる、ということを体験していただきました。参加された方からは、非常に満足度の高いコメントをいただいています。
個社の努力でできることはもちろんあると思いますが、他社と協力関係を持つことで簡単にできてしまうこともあります。これはMEJという会員組織だからできる非常に大きな強みであり、今回MEJ勉強会を実施した狙いでもありますので、実施した効果はあったと考えています。


「MEJ勉強会:医療施設3D-VR」の様子/左:山本理事長からご挨拶の場面/右:3台のVRで医療施設モデルを体験

― 実際に3Dモデルを使って今後いろいろな展開戦略、具体的な戦術を含めて、活動の方向性についてお話いただけますでしょうか。

北野氏:海外から病院を作りたい、日本の医療機器を導入したいというお話をいただいたときに、これまではMEJの会員企業各社と一緒にミッション団としていき、各社がそれぞれに製品を提案してまいりました。
ですがこれからはそうではなくて、まず日本の医療はこういう風になされている、こういう動線を想定し作られた特徴のある病院である、この病院はこういう良さがあってこういう成果を上げているというところを伝え、そこに入っている機器については各社が伝えていく、そういう流れでプレゼンを行っていきたい。
相手にとってわかりやすい医療の導入、そこに機器がどう効果を発揮するのかと、そういった方法で新興国に提案していければいいなと考えております。

四次医療圏という考え方

― 先ほど、山本理事長からは日本の医療の今後について伺いましたが、北野さんのお考えもお聞かせください。

北野氏:MEJの目指すインバウンドとアウトバウンドは関連してきていると考えています。
今、日本の地方の過疎化は進み、人口大減少に向かっています。いい医療を持っています、施設もあります、ないのは患者さんという時代がもうすぐ来るということです。
そこに外国の患者さんに来ていただくことで、今ある施設を維持しつつ、より発展的な地方創生を提供できるのではないかと考えています。これを海外の都市と日本の都市との関係における新しい医療圏、四次医療圏として考えていきたい。
これが実現すると、例えば、海外のある国では受けられない医療が日本では受けられる、それを学ぶことができる。ある時までは患者さんを日本に送って医療を受けてもらっていたけれども、これだけの効果があるなら自分の国に導入しようということでアウトバウンドにつながる。自分たちのレベルがあるところに到達したら、さらにレベルを上げるためにまた日本に来て学んで帰る。
そうやってインバウンドとアウトバウンドが良い循環を生んでいくことが、日本の医療を世界に活用していただくことに、さらに日本の医療を維持発展していくことにつながる。その意味でインバウンドはこれから地方にとっても日本にとってもなくてはならない要素になってくるのではないかと考えています。

医療で国際協力

― 海外での活動にご苦労などはありますか?

北野氏:そうですね。厳しい口調で「日本は、車の次は医療を売りに来たのか」と言われたことがあります。なかなかショッキングな言われ方をしたのですが。でも、そうではなくて医療の面で日本が寄与できることがあるのではないかと考えていると、単に商売のため来たのではない、という話をすると、途端に表情が柔らかくなって、そういうことだったらぜひ協力しましょうとおっしゃってくださいました。
さらに、我々も医療者をお連れするので、両国の医師同士で話し合う場を設けましょうと提案しますと、医師会が全面的に協力するとおっしゃってくださいました。

― そこは国際交流という部分が大切なのですね。

北野氏:そうです。どこの国に行ってもいい加減な医療を提供しようとしている先生はほとんどいらっしゃいません。皆さん苦労して今の環境の中で何が最善かを考え、悩みながら医療をされています。そのご苦労を汲んで、状況に合わせた提案をすることで、受け入れて協力していただけますし、お互いのいい関係が生まれてくるのだと思います。
私たちがやろうとしているのはODAではないということを相手の国にも理解していただき、お互いの発展のために一緒に継続的な課題に取り組んでいるわけです。

― 最後に、お二人にお伺いします。MEJとして、これから取り組むべき課題についてお話しください。

北野氏:MEJでは海外に医療を出していくアウトバウンドに加えて、日本の医療施設に海外の患者さんを受け入れるインバウンドにも取り組んでいきます。ただ、インバウンドには難しい問題があって、今の日本の国民皆保険の中で、また今の施設のままで、外国の患者さんを受け入れられるのかということです。
海外でインバウンド事業に取り組んでいる病院を見るとほとんどが個室です。日本の医療機関にももちろん個室はありますが、その個室の在り方や、患者さんの動線は充分考えられているのか。海外から日本に治療に来られる方の中には著名な方、自分が病気を持っていることを知られることが大きな影響を与える方も多くおられます。そのような方々に今の日本の医療の環境で対応できるか、ということを考えますと、やはりインバウンドモデルが必要だと思います。
ただ、これには非常に多額の投資がかかるので、3D技術を活用しながら、みなさまと協議できる場を設け、新しいMEJのインバウンドモデルを一緒に作っていきたい。医療関係の皆様、MEJ会員企業の皆様からの新しい意見やアイデアをいただきたいと思っています。

一方、あるイベントで実施したアンケートの結果、MEJという組織があってインバウンド事業に取組んでいることを知っている日本人は残念なことに2割程度でした。外国人患者を受け入れることが日本の医療の発展には必要だということを国民のみなさんに知っていただいて「やっていこう」という雰囲気を作っていかないといけないと思っています。
そういう意味でも今回、MEJの活動を一般の皆様に伝える機会を与えていただいたことに、大変感謝しています。

山本氏:医療の国際展開という言い方をしていますが、国際的というのはどういうことなのかを、これを機会にわれわれも考え直さなければいけないと思っています。
国際的という言葉の意味は、20年、30年前と今とでは相当変わってきていますから、日本が果たすべき国際的役割という中で「医療」をどう位置付けていくのか、それが一番大きな課題だと考えています。

― 本日はありがとうございました。