健康であれば1日に数回トイレに行って合計1~2 Lのおしっこ(尿)をします。しかし、尿をつくる臓器である腎臓の機能が何らかの原因で衰えて腎不全になってしまうと、血液中の老廃物や過剰な水分を尿として体外へ排泄することができなくなります。こうなると体内の正常な環境を維持できなくなり、ついには命にかかわる状態に陥ってしまいます。患者の命を守るために様々な血液浄化療法がおこなわれており、その中でもっとも行われている治療方法が血液透析(hemodialysis:HD)です。
橘 克典 氏
大阪電気通信大学 医療健康科学部 医療科学科 准教授/博士(工学)・臨床工学技士
専門分野:臨床工学
日本臨床工学会、日本医療機器学会、日本体外循環技術医学会 所属
血液透析に至る原疾患で、最も多いのは糖尿病性腎症です。これは糖尿病により血糖値の高い状態が長期間続くと腎臓の毛細血管に障害が出て、それが広範囲に及んで最終的に腎不全になる病気です。次いで多いのは慢性糸球体腎炎です。これは腎臓の糸球体と呼ばれる部分で長期にわたり炎症が続いて組織を破壊し、それが広範囲に及んで最終的に腎不全になる病気です。腎不全に対しては血液透析で治療を行うわけですが、その治療回数は週3回程度で1回の治療時間に約4時間という短くはない時間がかかります。もちろん、これらの条件は患者の状態により変化し、患者にとって至適な透析治療が行われるように管理されています。透析治療を行う場所としては、入院中は病院の透析室で治療を行います。また、退院後は自宅最寄りの透析クリニックに通って行います。この場合、通いということで時間的な制約を受けることになります。しかし、近年では数少ですが在宅透析を行うことも可能となってきています。
さて、透析治療を行うには、約200 mL/minもの大量の血液を安全に体外へ脱血するためのバスキュラーアクセスを患者の腕に作らなければなりません。バスキュラーアクセスはいくつかの種類に分かれており多くの場合、自分の利き腕とは反対の動脈と静脈を吻合する自己血管内シャントを作製します。これにより静脈内の血液流量を増やし、静脈穿刺(注射)のみで透析治療に必要な血液流量を確保することができます。穿刺は脱血側と返血側の2箇所で行います(図1、図2)。
透析治療では透析回路を介して血液ポンプにて体外へ血液が脱血され、それが回路内で固まらないように持続的に抗凝固薬が投与されます。その後、ダイアライザ(人工腎臓)へ導かれ、ここで血液中から老廃物や過剰な水分が人工的に排除されます(図3)。浄化された血液は再び体内へ返血されます。
では、どのようにしてダイアライザで血液を浄化しているのでしょうか、その原理を見てみましょう。
液体に物質が溶け込んでいる混合物を「溶液」といいます。
溶液の例として砂糖水があげられますが、砂糖水中の液体である水を「溶媒」、砂糖水中の物質である砂糖を「溶質」といいます。
一般的に溶媒中に溶質を入れると、それは自発的に移動して拡がり最終的には溶質の濃度が均一になります。この現象を拡散といいます。
分子を通す程度の小さい孔がたくさん空いた膜を半透膜といいますが、この膜をストロー(中空糸)状にして円柱容器の中央に設置し、膜の内側と外側の2つの区画に分けて内側に濃い溶液、外側に薄い溶液を入れると溶質の大きさが半透膜の孔のサイズより小さい場合、濃い溶液から薄い溶液へ半透膜を通して溶質が拡散して移動します。これを「透析現象」といいます(図4)。
また、溶質の大きさが半透膜の孔のサイズより大きい場合、外側の薄い溶液の液面に蓋をして密閉しゆっくりと蓋を持ち上げると、濃い溶液から薄い溶液へ半透膜を通して溶媒のみが移動し溶質と分離します。これを「限外濾過」といいます。
ダイアライザの中には内径200μm程度の透析膜と呼ばれる半透膜の中空糸が1万本程度束ねて封入されています。透析治療を行うときには、透析膜の内側へ患者の血液を流し、その外側へ透析液を血液の流れと対向となるように流します。
図4左側に示す濃い溶液を血液、薄い溶液を透析液、小さい溶質を老廃物、図4右側に示す濃い溶液中の溶媒を血液中の水分、大きい溶質をアルブミンなどの有用成分、と仮定したとき、「透析現象」にて血液中の老廃物を排除し、「限外濾過」で血液中の過剰な水分を除水します。
透析膜における限外濾過量の制御は、 図4で例えると蓋を持ち上げる速度で制御が可能です。
実際には図1で示した透析用監視装置内のダイアライザを含む密閉された透析液回路内から限外濾過ポンプにて透析液廃液を取り出す流量で限外濾過量が制御されています。
先に記述した通り、透析用監視装置(図5)内では透析液の制御、限外濾過流量の制御、血液ポンプの制御、抗凝固薬投与の制御など液体の制御システムが内蔵されていますが、これらはモーターで動くポンプや電磁弁(図6)が数多く使用されています。
ご存じの通り、モーターや電磁弁が働くと“ウィ―ン”や“カチ カチ”と音が発生します。これらの機械音は、日常生活音がある昼間などにはそんなに気にならないですが、夜間透析など静かな環境になるとかなり気になる場合があります。このことでイライラし治療ごとにストレスを抱えてしまうこともあります。在宅透析の件数が増加するとこのような問題が顕著になってくるかもしれません。
現在のところこの問題に関して決定的な解決策がない状況です。
問題解決を困難にしている原因は、患者と透析用監視装置は透析回路で接続されており、雑音を発する透析用監視装置と距離をとるため透析回路を延長すると、その分の体外へ脱血する血液量が多くなり、その量は患者からすると出血したのと同様であるため血行動態に影響を及ぼす可能性があること。
また、透析用監視装置から雑音が漏れないように防音壁で囲いをすると、患者の状態が急変したときや装置のトラブル時に迅速な対応ができないなど、複数あげられます。
今後、長期の治療を要する患者にとり、より快適な透析治療の環境を望む声は増加すると考えられます。
透析治療を行う病院の透析室や透析クリニックには、患者を治療する透析室と透析液などを作製する透析機械室が必要となります(図7)
透析用監視装置はダイアライザへ透析液を供給して血液中から除去する老廃物や水分の量をコントロールしています。そのことから透析液の管理は透析治療では大変重要です。では、どのようにして透析液を作製するのでしょうか。
先ず、透析機械室をのぞいてみましょう。
透析室の透析液配管はこの部屋に設置された透析液供給システムと配管でつながっています(図8)。
透析液は、透析用水と透析液A原液と透析液B原液を混合して作られます。水道水を水処理装置で処理して透析用水を作製し、それをA液溶解装置およびB液溶解装置にそれぞれ供給して、最終的に多人数用透析液供給装置内で各液を混合して透析液が作製されます。
作製された透析液は、配管を介して透析室の各透析用監視装置へ送液されます。
治療に使用された透析液廃液は中和処理装置で処理されて下水道へ排水されています。
次に、透析室をのぞいてみましょう。
患者は透析治療の前に更衣室のロッカーで、必ずいつもと同じ着衣に着替えをして体重を体重計で計測します。これは前回の透析治療からどれくらい体に過剰な水分が溜まったかを計測して、その日の除水量を決めるためです。
体重計測が終われば指定された透析用監視装置とベッドに行って治療の準備をします。
ベッドにはポータブルTVが完備されており治療中に鑑賞することができます。また、電源コンセントもありますので好みによってタブレットで映画鑑賞も可能です。
治療は自己血管内シャントへの静脈穿刺(注射)を行い透析回路と接続を行い開始されます。各患者の血圧、除水量、回路静脈圧、治療時間などの情報はナースステーションのPCにて連続モニタされて集中管理します。
スタッフは医師、看護師、臨床工学技士、事務職員などで構成されています。
透析治療は1回の治療時間に時間がかかりますので、患者の治療環境はもちろんのことスタッフの医療負荷軽減を目指して透析監視装置の準備も自動化されつつあります。